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シラヤ国家風景区が誇る伝統文化と言えば、やはり「シラヤ族文化(平埔族の一部族)」を挙げなければなりません。漢民族が台湾へやってくる前、嘉南平野に点在した平埔族の集落の数々。主にホアニヤ族やシラヤ族と言われる人々で、狩猟や簡単な農耕、漁業を糧として暮らしていました。長らく天災と高砂族(高山に住む原住民たち)が彼らにとっての二大脅威で、自衛のため、一定の場所で生活することはせず、集落の規模も大きくはありませんでした。

漢民族が台湾へやってきたことで、彼らは本格的な農耕技術を知ることになります。平野には灌漑用水のため池が設けられ、稲作が始まりました。これにより、漢民族は技術や資本において優勢になりました。そして、「割地換水」と呼ばれる体制を取るようになったと言います。これは漢民族がため池を設け、平埔族が土地を分割する代わりに用水を得るという仕組みです。長い年月を経て、漢民族が大量移民するようになると、平埔族は次第に同化されていき、双方の協力関係は歴史上の記憶となりました。

シラヤ国家風景区が誇る伝統文化と言えば、やはり「シラヤ族文化(平埔族の一部族)」を挙げなければなりません

1990年代、平埔族の正名運動が開始されました。そして、草の根の「平埔文化復興運動」により自分たちの文化や部族のアイディンティティに目覚めるようになりました。出版物(文化認知、知識の構築)やフィールドワーク(歌舞、姓氏、系譜、飲食)を通して、儀式が復活(阿立祖信仰、夜祭、嘯海)するようになり、自分たちのルーツ探しが始まりました。そして、全世界においてディープな「文化観光」がちょっとしたブームになると、平埔族文化の伝承経験も尊重されるようになりました。台南地域では平埔族間、平埔族と他部族との対話がもたれるようになりました。

最終更新日:2019 / 10 / 02
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