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蕃仔田(現・隆田)は古い史料の記載では、シラヤ族の麻豆社支社の中で最も規模が大きいグループとされています。人口が多く、有名な支社でした。平埔族の伝統文化が急速に失われていき、公廨も漢式の廟に建て替えられるなど、シラヤ族の信仰の姿を発見することは難しいですが、農暦10月15日の太祖千秋には特別に蕃仔田夜祭を催しています。

平埔族の伝統文化が急速に失われていき、公廨も漢式の廟に建て替えられるなど、シラヤ族の信仰の姿を発見することは難しいですが、農暦10月15日の太祖千秋には特別に蕃仔田夜祭を催しています

蕃仔田隆本村の「復興宮」は隆田縦貫公炉の傍に位置し、1986年1月に建て替えられました。龍の彫刻が施された豪華絢爛な廟で、正殿にはシラヤ族唯一の巨大な「太上老君」のご神体があり、左には清水祖師、右には関聖帝君が並んでいます。「西公廨三姉妹」の壺も祀られています。神を祀る以外に、夜祭の時に使用する壺や瓶も見られます。復興宮は平埔族と漢民族の神様が合わさった廟です。

夜祭は農暦10月中旬に行われます。詳細な過程は以下の通り:

農暦10月14日21時には尪姨が儀式を始め、三香と朱酒を手に持ち正殿神棚の前で三向を行い、神秘的な夜祭りが始まります。
部族の人々は豚を縛った後、公尪前まで運び、尪姨が竹串で叩いた後、豚を太祖に捧げます。その後、部族の人々がその場で殺します。豚の毛を抜くときに、尪姨が供え物を検査し、その上にお酒をふりかけます。
女性と男女児童が組になり、手を繋いで円くなります。白い衣装で、頭には花輪を巻き、尪姨が円内で歌い始めると、その後「牽曲」が始まります。曲調は太頭祖の夜祭で行われる牽曲と同じで、太祖に感謝の祈りを捧げています。
豚を殺し終わった後、尪姨が豚の血を瓶に入れ、豚をひっくり返します。これは太祖がお礼参りの品々を受け取ったことを意味しています。再び、牽曲が登場し、夜祭は終了します。
最終更新日:2019 / 06 / 28
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